当コーナーではのび太による数々の名言を紹介しているが、この「番外編」ではあえてのび太以外の人間による発言を紹介したい。その発言とは「のび太のくせに」。これは、ジャイアンやスネ夫にとっては非常に便利な言葉である。のび太がどんな事をしても、この一言だけで完全に否定することが出来るのだから。「のび太のくせに」は、のび太の人権を全く無視していると言っても過言ではないだろう。この言葉は「いじめられっ子のび太」を象徴しており、こんな言葉を浴びせかけられる人間はのび太以外には存在しないであろう。「のび太のくせに」を当コーナーで取り上げる理由はここにある。
今回は、単行本未収録作品を含めた短編「ドラえもん」全作品を調査して、確認することが出来た全ての「のび太のくせに」を紹介する。そして、少々考察を試みてもみた。この番外編で、のび太の歴史の一部をご理解していただければ幸いである。
巻数 | サブタイトル | 初出 | 状況 | 使用例 | 使用者 |
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15 | 「人生やりなおし機」 | 四・77・4 | 4歳(頭は小学四年生)ののび太が漢字で自分の名前を書いた | ス「のび太のくせに、漢字をかけるなんて。」 ジ「なまいきだい。のび太のくせに。」 | スネ夫、 ジャイアン |
17 | 「空であそんじゃあぶないよ」 | 四・78・7 | のび太がハンググライダーを! | 「のび太のくせになまいきだ!」 | スネ夫? |
23 | 「勝利をよぶチアガール手ぶくろ」 | 三・80・8 | オセロゲームでのび太が優勢 | 「ムムッ、意外にやるなあ。のび太のくせに。」 | スネ夫 |
41 | 「無人島の大怪物」 | 四・81・9 | 孤立状態(に、のび太が見せかけた)無人島で、のび太がカッコつけた | 「のび太のくせに、えらそうな。」 | スネ夫 |
28 | 「夢はしご」 | 五・82・3 | のび太が「スネ夫とジャイアンが悪者でさ、しずちゃんをぼくが助けて……。」という夢を見た | ス「のび太のくせに、そんな夢見るなんて、」 ジ「なまいきだ!!」 | スネ夫、 ジャイアン |
34 | 「ひるねは天国で」 | 四・83・12 | のび太が雲の上からジャイアンとスネ夫にボールをぶつけた | 「のび太のくせになまいきな。」 | ジャイアン |
-- | 「ウルトラヒーロー」 | 二・84・1 | のび太がウルトラヒーローのまねをして怪獣のおもちゃをけ飛ばす | 「のび太のくせに、ウルトラヒーローのまねするなんてなまいきだって。」(のび太談) | ジャイアンかスネ夫? |
-- | 「一発逆転ばくだん」 | 四・84・7 | のび太がラジコンを貸してと頼んだ | 「何をいうんだ、のび太のくせにずうずうしい。」 | スネ夫 |
35 | 「ドラえもんに休日を!!」 | 五・84・9 | のび太が、ドラえもんには頼らないと宣言 | 「のび太のくせになまいきな!」 | ジャイアン |
-- | 「「ぬいぐるみカメラ」と「クルーム」」 | 三・85・2 | のび太が怪獣と戦う写真を撮影 | ス「あんなかっこいい写真を……。」 ジ「ウ〜ン、のび太のくせになまいきだ!!」 | ジャイアン |
37 | 「のび太の0点脱出作戦」 | 五・85・7 | 出木杉のテストの答案の覗き見をやめさせようとする一週間後ののび太に対して、のび太自身が発言 | 「なにを、ぼくのくせになまいきな!!」 | のび太 |
-- | 「きもだめしめがね」 | 四・85・9 | のび太が町内一周きもだめしに成功 | 「のび太のくせに……。」 | スネ夫 |
38 | 「夜空がギンギラギン」 | 五・86・2 | ドラとのび太がギンギラの星空を空き地に作った | 「のび太のくせになまいきな!!」 | ジャイアン |
-- | 「逆重力ベルト」 | 六・86・2 | のび太が一瞬で木のてっぺんに登った(道具を使ったインチキ) | ジ「あんなにす早く?」 ス「のび太のくせに。」 | スネ夫 |
文ロ | 「ペッター」 | 二・86・5 | のび太がペットの掃除機ソージーをみんなに紹介 | 「なんだいなんだいのび太のくせになまいきな!!」 | スネ夫 |
-- | 「なかまバッジ」 | 二・87・5 | のび太がラジコンを貸してと頼んだ | 「のび太のくせになまいきだぞ!」 | スネ夫 |
44 | 「ハワイがやってくる」 | 四・90・8 | 鍾乳石を折ったジャイアンを、のび太が非難 | 「うるせえ!! のび太のくせに!!」 | ジャイアン |
<注>
・上から初出の古い順に並べた。
・数字のみの巻数は「てんとう虫コミックス」のもの。「文ロ」は小学館コロコロ文庫「ロボット編」。これら以外の単行本に収録されている作品からは「のび太のくせに」は発見できなかった。巻数なしは単行本未収録作品。
・初出は、最初の漢数字が「小学○年生」の学年、次の数字が西暦の下二桁、最後の数字が掲載月号を表す。つまり、「四・77・4」であれば「小学四年生」1977年4月号掲載となる。
上の表で一目瞭然だが、「のび太のくせに」の初登場は「小学四年生」1977年4月号に掲載された「人生やりなおし機」。「のび太のくせに」はテレビアニメの方で、よく登場していた印象を持っている人が多いと思われるが、テレビアニメの放映開始は1979年なので、「のび太のくせに」の起源は原作にあるとして間違いない。
そして、注目すべきはその使用状況だ。何と、一回目からいきなりのび太4歳の時の出来事で登場している。つまり、この頃から既にのび太・ジャイアン・スネ夫の関係が、はっきり決まっていることがわかる。このように、過去の時代における人間関係を読者に簡潔かつはっきりと伝えるのに最適な言葉として、「のび太のくせに」が生まれたのだろう。
「のび太のくせに」は、「人生やりなおし機」での初登場以来、1983年までは、ほぼ1年に1回ほどの割合で登場している。2回目の登場となる「空であそんじゃあぶないよ」において、現代におけるのび太にも有効な言葉であるとわかって、その後も定期的に使われる事になったのだろう。
そして、1984〜1986年の3年間で「のび太のくせに」の登場回数がピークを迎える。と言っても、年に2、3回程度ではあるが。それでも、この3年間だけで1983年以前の合計よりも多く登場しているのだから、やはりピークと言えるだろう。この時期に登場回数が増えたのは、テレビアニメとの相乗効果があったのではないかと思われるが、今のところアニメ関係の資料が乏しいため、ひとまずアニメとの関係については明言を避けたい。
順調に登場回数を増やしてきた「のび太のくせに」だが、マンガ「ドラえもん」自体の存亡に関わる事件が起こってしまう。作者の病気による連載の休載である。休載期間は、1986〜1988年のおよそ2年間(途中、大長編「のび太と竜の騎士」の連載や、短編作品の一時的な連載再開あり。「なかまバッジ」は、この期間中に描かれた数少ない作品のうちの一つ)だった。
そして連載再開後、「のび太のくせに」はたった1回「ハワイがやってくる」で登場したのみ。作品数との割合を考えても少なすぎるが、その理由はわからない。休載を経験した作者の心境の変化のためだったのかもしれないし、単に登場するチャンスが少なかったせいかもしれない。今となっては、永遠の謎である。とにかく、作品に定着したかに見えた「のび太のくせに」だったが、1991年の2度目の連載中断で、今度は完全に、その歴史に幕が下ろされてしまった。
「のび太のくせに」登場作品の初出誌を登場回数の多い順に並べると、「小学四年生」7回、「小学二年生」「小学五年生」3回、「小学三年生」2回、「小学六年生」1回となる。圧倒的に「小四」での登場回数が多いのが目に付くが、それ以上に注目したいのが低学年誌での登場回数の少なさだ。「小二」「小三」ではそれぞれ3回と2回登場しているものの、「小学一年生」では全く登場していない(※注)。
「のび太のくせに」がのび太の人権を無視したあまりにも残酷な言葉なので、小さい子供には不向きだと判断されたのかもしれない。また、低学年誌では、セリフ運びが非常に単純な作品が多く、そこに「のび太のくせに」のは入り込む余地が少なかったのだとも考えられる。
※注:「小学一年生」掲載作品でも、「のび太のくせに」に近いセリフもある。一例を挙げれば「なりきりプレート」(ドラえもんカラー作品集第1巻)の「のび太が王子だなんて。」「なまいきだっ!!」など。
使用例は上の表で紹介したとおりだが、特に分析するまでもないだろう。はっきり言って何でもありだ。基本的に、スネ夫とジャイアンの頭の中では、のび太は「自分よりも数段下の存在」としか認識されていないのだろう。それどころか、自分自身に対して「ぼくのくせに」と言っている例まで存在するのだし。
この、スネ夫とジャイアンにとっての、のび太の位置づけを考慮すると、「勝利をよぶチアガール手ぶくろ」などの場合は、のび太がスネ夫よりも優れている面を示したのだから、「のび太のくせに」と言いたくなる気持ちも分からなくはない。どちらにせよ、のび太にとっては完全に言いがかりでしかないのだが。
結局、Part.1でも書いたように「のび太のくせに」が、のび太とスネ夫・ジャイアンとの関係を表す言葉である以上、のび太がどれだけ理不尽に思っても「のび太のくせに」から逃れることは出来ないのだろう。
以上が、現時点で知りうることが出来た「のび太のくせに」の全てである。これまでのび太がジャイアン・スネ夫からどのような扱いを受けてきたか、その一端をご理解して頂けたのではないだろうか。もちろん、直接的な暴力を初めとして様々な形でのび太は虐げられてきているのだが、そんな中でも「言葉」で表現されている「のび太のくせに」が一番わかりやすいだろう。
今回は、資料不足のために、テレビアニメにおける「のび太のくせに」との関係についての考察を断念せざるを得なかった。いずれ資料が揃えば、原作とアニメとの影響と言った別の形で、改めて考察してみたい。
しかし、一応「のび太のくせに」のほぼ全てをお伝えすることが出来たのではないかと思う。のび太という人間についてさらに知るためには、今後ものび太以外の人間による、のび太をよく表した言葉をまとめて、番外編その二、その三としてまとめて行きたい。