ドラちゃんのおへや

私の好きなドラ話

らっこさん

 昭和47年生まれの♂です。ぼくのドラえもん体験は小学校一年生のときに読んだ 『コロコロコミック』九月号に始まります。翌年には映画『のび太の恐竜』公開とい う、正真正銘の(?)ドラ世代。いま思い返しても、ぼくの(あるいは当時の子ども たちの)人格形成における『ドラえもん』の存在はとてつもなく大きかったように思 います。
 好きなエピソードは数限りなくありますが、子ども心に鮮烈な印象を残したのは、 「ドラえもんだらけ」と「うつつまくら」。当時は、読み返すたびに自分の住んでい る世界が足元から消えてなくなるような心細さを感じました。
 「ドラえもんだらけ」は、まだ、タイムパラドックスという言葉など知らぬ年代に もかかわらず、その面白さに圧倒されました。スラップスティックなのに荒唐無稽に 終始せず、時間というものの不思議さを考えさせる内容。記憶が確かならば、話の舞 台はのび太の部屋から一歩も出ていなかったように思いますが、場面に変化があって まったく飽きませんでした。とにかく傑作だと思います。以前、新宿で藤子不二雄展 が催されたとき、生原稿を見られて感激したことを覚えています。
 「うつつまくら」は、話が展開するにつれ、自分のいる世界が夢だか現実だかわか らなくなる展開で、面白さの裏にある怖さも感じました。ラストでは道具の存在すら あやふやになってしまい、何度も読み返したことを思い出します。後年の映画『のび 太の夢幻三剣士』(あまり評判はよくないようですが、私のなかではベスト3に入る 作品です)に通ずるものがありますが、短編だけにこちらのほうがインパクトが強い ように思います。
 両作品とも、つきつめていけば「自分とは何か」「現実とは何か」という哲学的な 問題に行きつくものと思いますが、そこをサラリと描いているのがよいのでしょう。 問いを投げかけ、答えは読者にゆだねる……藤子スタイルの真骨頂ですね。
 それと、いま気づいたのですが、両作品とも道具の存在感は希薄なんですよね。他 の方々のご意見を読んでいて思ったのですが、みなさん道具についての発言は少ない ですね。ひみつ道具は『ドラえもん』の魅力の必要条件ではありますが、十分条件で はないのではないか、そんなことを思いました。

管理人・おおはたより
 「ドラえもんだらけ」と「うつつまくら」、両方とも「ドラえもん」という作品においては、ごく初期のエピソードです。本コーナーでは、初期作品について語っていただいた投稿は、これまであまり多くありませんでした。考えてみれば、初期も、特にギャグ漫画として傑作揃いであるのに、いままで投稿が少なかったことは不思議ですね。
 両作品とも、10ページを超える、短編ドラとしては比較的長めの作品です。前者はタイムパラドックス、後者は夢と現実の狭間を描き、ドタバタでありながら、不思議な読後感を残す作品だと思います。いずれにせよ、初期ドラの面白さを十分に堪能できる作品ですね。

作品メモ:「ドラえもんだらけ」TC5巻、FFランド(絶版)7巻に収録。
「うつつまくら」TC5巻、FFランド(絶版)2巻、文庫恐怖編に収録。